©JAXA

今までの宇宙用電池にはない「小型軽量化」を実現し、
世界初のピンポイント着陸に大きく貢献
SLIM用リチウムイオン電池 開発者インタビュー

古河電池では、約60年にわたって宇宙用電池の開発に携わってきました。小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」をはじめ、水星磁気圏探査機「みお」など、日本を代表する探査機に古河電池が開発した宇宙用電池が採用されています。

そして2024年1月20日には、古河電池の宇宙用リチウムイオン電池を搭載した小型月着陸実証機「SLIM」が月面着陸に成功し、大きな話題になりました。

SLIMはこれまでの探査機とは一線を画す「小型軽量化」がコンセプトだったため、リチウムイオン電池も同様に、これまでにない薄さ・軽さが求められたといいます。

SLIM用リチウムイオン電池の開発には、どのような苦労があったのでしょうか。今回は、SLIM用リチウムイオン電池を開発された3名の技術者に、開発にかけた思いや当時の苦労についてうかがいました。

SLIMプロジェクトでは、
今までにない
「薄さ」「軽さ」が
求められた

SLIMの月面着陸、本当におめでとうございます。今回のSLIM用リチウムイオン電池の開発プロジェクトにおいて、小出さん、平さん、近藤さんはどのような役割を担っていたのですか?

私がSLIM用リチウムイオン電池の開発全般を担当していました。JAXAからの要望に対して、「こんな形状がいいね」「こんな性能が必要だね」「こうやったら作れるよね」という青写真を作るイメージです。

私は、電池の構造や製造する設備などの構造全般を担当していました。小出さんが設計したものを、実際に形にするのが私の仕事です。

私は主に運用支援業務を担当していました。お二人がメインで開発した宇宙用リチウムイオン電池が設計どおりの性能を有しているかを実証し、実現した性能を最後まで発揮できるように調整を重ねるのが、私の役割です。そのほかに、大がかりな試験でのサポート等も行っていました。

SLIM用リチウムイオン電池には、どのような性能が求められたのですか?

SLIMは「小型月着陸実証機」といって、月面探査や観測などの目的もありましたが、月に降り立つ技術を実証することがメインである実証機です。従来の月面探査機は月表面の降りやすいところに降りるのが一般的な着陸方法です。しかしSLIMは、狙ったところに100m以内の誤差で着陸するという、「ピンポイント着陸」がミッションです。また、もう一つの目的に、軽量な月惑星探査機システムの実現があります。そこで、リチウムイオン電池についても小型軽量化が求められました。

「SLIMに古河電池のリチウムイオン電池を搭載したい」というJAXAからの依頼があった経緯とは、どういったものだったのですか?

実は、2010年頃にJAXAと古河電池が共同で、火星で飛ばす飛行機に搭載する新しい宇宙用電池の研究開発を行っていたんです。SLIM側の担当者も「小型軽量化」をキーワードに宇宙用の電池を探していたようで、2015年頃にお声がけいただきました。

そこから開発を重ねて現在のSLIM用リチウムイオン電池の開発に成功されたとのことですが、開発にあたってどのような課題がありましたか?

ロケットを打ち上げるときにかかる振動や衝撃のG(重力加速度)って、直接比較できるものではないのですが、ジェットコースターや飛行機よりも大きいんです。宇宙用電池は、そうした振動・衝撃に耐えうるものでなければならず、そのためには電池の外装体を非常に頑丈にする必要があります。さらに、宇宙空間の真空にさらされるので、そういった環境に耐えられるものでなければなりません。

「はやぶさ2」の電池を見ていただくと分かりますが、通常、宇宙用リチウムイオン電池はステンレスなどからできた非常に強固な金属の缶で覆われています。 ところが、SLIMで求められる「小型軽量化」を実現しようとすると、従来のものでは都合が悪いわけです。JAXAからは「リチウムイオン電池をタンクのまわりのスペースに収めたい」という要望もあったため、とにかく薄く、軽くする必要がありました。

はやぶさ2用リチウムイオン電池(左)
SLIM用ステンレスラミネート型
リチウムイオン電池(右)

SLIM用リチウムイオン電池は、どのようにして「小型軽量化」を実現したのでしょうか?

ステンレス箔のラミネートセルを外装体に使うことで、堅牢さを備えつつ軽量化を実現しました。一般的にリチウムイオン電池の外装体として使われているのは、アルミ箔のラミネートです。レトルトカレーなんかで、銀色をしたパウチ袋がありますよね。あれがアルミラミネートです。

SLIM用ステンレスラミネート型リチウムイオン電池

アルミでは宇宙空間に耐えうる強度を有していないので、より強度のあるステンレスに変えることによって、強度を保ちつつ、薄くて形状が自由な電池を作ることができました。

宇宙品質にするために、
何度も実験を繰り返した

今までにない宇宙用電池の開発にあたり、とても苦労されたとうかがっています。どういった点が大変でしたか?

SLIM用リチウムイオン電池は耐圧容器に入れずに使用するため、電池は真空環境にさらされます。その状態でロケットを打ち上げた際の振動・衝撃に耐える電池でなければなりません。それらに耐えうる電池に仕上げることが難しい部分でしたね。振動試験中には色々なことがありました。幸い大きな事故は起こしていませんが、何度か失敗して壊したこともあります。

試験の様子をカメラで撮影するんですけど、これまでに経験したことが無いレベルで振動させるため、恐怖でカメラを置いて逃げたくなったのを覚えています。

実はモノづくりの観点でも非常に苦労しています。電池の設計が固まったので、ではさっさと作りましょう、ともいきません。製造した全ての電池を宇宙品質にするためにかなりの試行錯誤をしています。本当に初めてのことばかりだったので、みんな手探りで。材料を重ね合わせる工程があるんですが、ミクロン単位で数値を指定したりとか。プレートに穴を開けるときにも、非常に細かくサイズを指定したりして。

製造精度にばらつきが出てしまうと、評価結果も電池ごとにばらつきが出てしまいます。些細な精度のばらつきが原因で、電池からの電力供給が不可能となった場合、SLIMのシステム全体に悪影響を及ぼす恐れがあるんです。電池の信頼性を最大に保つため、自分たちで社内にある設備に改造を加えたり、追加で専用の治工具を設計するなどして、とにかく精度を上げることに注力しました。

平さんが設計した試験用の治具のうちの一つ。ただ設計するだけではなく、既にあるもの・使用されなくなったものを再利用する創意工夫も。

試験用治具

熱環境に耐えられるかどうかの真空試験(熱真空サイクル試験)をJAXAで行ったときも、大変でしたね。

JAXAの相模原キャンパスで真空炉を使用して試験をしたんですが、電池の充放電の試験も必要だという話になったんです。ただ、JAXAにはその充放電に使う電源装置がなかったので、こちらで装置を全部手作りして持ち込んだんですよ。

基本的には機械で監視するんですけど、どうしても手動で対応せざるを得ない手順があって。3人で交代制にして、24時間対応したこともありました。あれは大変でしたね(笑)。

しかも、ちょうどクリスマスだったんですよね。

小出さんがケーキを買ってきてくれて。みんなでお祝いしましたよね。

かと思えば、猛暑の中、同じくJAXAの相模原キャンパスで振動試験をしたこともありました。

振動試験では電池を金属のテーブルに固定するんですが、その日は酷暑といってもいいくらい暑い日で。その影響でテーブルが高温になってしまったんです。さらに、その熱が伝わって電池の温度範囲をオーバーしそうになったんですよ。

慌てて扇風機を持ってきて冷やしましたよね。

今となってはいい思い出ですね。

試行錯誤を経てSLIM用リチウムイオン電池が完成したあと、実際にSLIMが月に向けて出発するまで、時間が空きましたね。

SLIMプロジェクトは、当初2022年度に飛び立つ話になっていたんですが、色々な事情もあり、2023年9月に打ち上げることとなりました。

SLIMに搭載された電池は、準備もあるので打ち上げ予定よりも前に出荷したのですが、電池はなまものなので、時間が経てば経つほど、経年劣化して必要容量が確保できなくなるリスクが高くなってしまうんです。じゃあ新しい電池を作り直せばいいのかというと、そっちのほうも難しくて。

電池を作るためには材料を調達しなければなりませんが、調達するのに時間がかかるものもあります。その後、モジュール化して各種試験などを繰り返して性能評価を行う必要がありますから、作り直すとなると、少なくとも2年以上は必要です。特に今回は「短期間での打ち上げ、運用は半年程度、小型軽量化」を前提として設計していたので、容量もかなりギリギリで作っていました。

電池が原因でSLIMプロジェクトを遅らせるわけにはいきませんから、とにかく何とかして完成した電池を持たせるしかないというので、非常に焦りましたね。

SLIMにおけるリチウムイオン電池の役割の一つが、月面着陸時のフェーズで電力を供給するというものでした。打ち上げが延期になるたびに、月着陸時の予想容量についてJAXAから質問をいただくので、納入後の電池のデータをチェックしながら、シミュレーションを繰り返して月着陸時の容量を予想していきました。

SLIMが無事に月面着陸!
リチウムイオン電池は大活躍してくれた

月面着陸をする瞬間は、どこで見守られていたのですか?

私は家でYouTubeの中継を見ていました。「早く電池の情報が映らないかな」と待ち遠しく思いながら中継を見つめていましたよ。

私も同じ。小出さんは?

私はネットカフェでYouTubeを見てました。

え、そうなの?(笑)

着陸時に電力が持つかがずっと気がかりだったので、最初に中継映像に映ったSLIMから送信されたデータで充電状態を確認したときは「いけそうだな」と思って少し安心しました。着陸したのを確認したときはホッとしたものの、成功したかどうか心配な気持ちもあって。でもやっぱり、すぐさま外に出て月を見て「やったぜ!」とガッツポーズしましたね。

私は途中からSLIMプロジェクトに参加したんですが、業務を引き継いだ立場としては非常に怖かったですね。プロジェクトが延期を重ねていたのもあって、電池が持つか持たないかが、自分の計算一つで決まってしまうことが非常にプレッシャーでした。
その電池を使うのか、それとも再製造するのかを容量の計算によって決めていくんですが、少しでも間違えたものを出してしまえば、間違った判断が出てしまいます。
できることは全部やりましたけど、飛んだときに「実際は半分しか容量がなかった」なんてことになったらと思うと……。だから月面に着陸したときは、ひたすらホッとしたという気持ちでした。

途中で電池が切れちゃうと、月にドン!って突っ込んでしまうからね。

その辺のプレッシャーはありましたね。でも最後は予想どおりにいったので、達成感を感じることができました。SLIMが月面着陸した際、想定していた姿勢とは違う姿勢で月に降りてしまって、太陽電池が作動しないというトラブルもありましたが、着陸前に太陽電池からの充電が想定以上にあったおかげで、リチウムイオン電池の容量は70%以上残ったまま月面着陸に向かうことができました。

月面着陸したらすぐにリチウムイオン電池は切り離す予定だったんだよね。

月には大気がないので、太陽が当たっているときには110℃という高温になるんですが、夜は-170℃まで下がってしまいます。非常に温度差が激しい過酷な環境です。リチウムイオン電池には液体が入っているので、温度が高くなりすぎると熱くなってしまって、最悪、爆発してしまう恐れがあります。ただ、試験をしてみたところ、すぐに切り離さなくても良さそうだということになりました。

着陸後の写真を見たときは、やっぱりしみじみと嬉しかったですね。

SLIMが月面に着陸したとき、どんな気持ちでしたか?

やっぱり嬉しかったですね。私が入社したときは、「はやぶさ」が地球に還ってきたときだったんです。あれから、やっぱり心のどこかには「宇宙用電池に関わりたいな」という思いがありました。
今、月を見上げると、「自分が関わったものがあそこにあるんだ」と思い、なんだか不思議な感じがします。

本格的に自分で設計開発した宇宙用電池はこのモデルが初めてだったので、思い入れはありますね。古河電池では、新幹線や自動車の電池を作っています。周りの技術者の方とお話ししていると、自分が開発した電池が新幹線や自動車の電池として採用されるのは、やっぱり嬉しいということをおっしゃるんです。私もやっとその一人になれたのかなって思いますね。自分の代表作ができたような気持ちになりますね。

月面着陸後、リチウムイオン電池の容量がなくなるまでに数時間猶予があり、データを地球に送ることができたのは、本当に嬉しかったです。電池がお役に立てて良かったです。

宇宙用電池の開発は、
技術者を育てるためのプロジェクト

宇宙用電池の開発に関わって、技術者としてどういった変化がありましたか?

宇宙用電池の開発プロジェクトに携わったことで、間違いなく技術力が高まりました。ひとつひとつの設計においても、自分なりの意味や理由をしっかり持って開発をするようになりました。宇宙用電池は、技術者を鍛える場として非常に有益だというのは感じています。古河電池が宇宙用電池をやる意義の一つに、技術者を育てるためというのはあるのかなと思います。

今回経験した内容や考え方は、これまで経験したことがない分野もたくさんあり、他の設計業務等において参考になっています。

JAXAから説明を求められたときに、しっかり根拠を含めて説明しなければならないので、そこで鍛えられたというのもあります。お二人を見ていると、開発品を世に出そうという意識がすごく高いですね。

宇宙用電池の開発で培った基礎的な技術が他の電池にも生きていますし、その逆もあります。宇宙用電池の開発は、やるだけの意義はあるなと思っています。

最後に、今後の展望についてお聞かせください。

今は自動車用の鉛電池の開発に携わっていますが、宇宙用電池の開発で培った技術力は全て身になっていると感じています。「この技術を地上にどう展開するか」が私の次のミッションです。「宇宙技術を皆さんの車に」という気持ちで開発を続けています。

今回、本当にいろいろな経験をさせていただいて、とてもありがたいなと感じています。今回培った技術をいろいろなものに展開していきたいですね。

古河電池は、ロボットやドローン市場向けにリチウムイオン電池の事業を行っており、新しい電池を導入する計画で動いています。私も、宇宙用電池の開発で培った技術を活かしつつ、新たな電池の開発に取り組み続けています。

左から、近藤さん・小出さん・平さん

宇宙への挑戦 60年の歩み

1960年代〜

古河電池の宇宙への挑戦は、宇宙空間の厳しい環境下に耐えうるニッケル・カドミウム電池(Ni-Cd)の開発に成功し、1971年、科学用衛星「しんせい」に搭載されたことから始まります。その後、高い信頼性と実績を有すことから宇宙用の電池として使用され続けました。

1990年代〜

ニッケル・カドミウム電池(Ni-Cd)が宇宙用電池として採用される一方で、軽量化は課題の中心でした。1990年代に入り、これまでの約20%の軽量化を実現したニッケル水素電池(Ni-MH)の開発に成功し、1998年、日本初の火星探査機「のぞみ」に搭載されました。

2000年代〜

高エネルギー密度かつ放電電圧の高いリチウムイオン電池が宇宙用に適用する試みが進みました。当社は、これまでの研究開発と製造実績をもとに、宇宙用リチウムイオン電池開発を行い、2003年、世界初の宇宙用リチウムイオン電池として小惑星探査機「はやぶさ」に搭載されました。

2010年代〜

宇宙開発に貢献する電池の研究開発を進め2010年に「あかつき」、2014年に「はやぶさ2」、2018年に「みお(MMO)」、2023年には日本初となる月面着陸を成功させた小型月着陸実証機「SLIM」に搭載されました。約60年にわたる研究開発の実績とともに、挑戦を続けていきます。

古河電池の採用情報はこちら

採用情報